SBS国営放送で、多くのユダヤ人の命を救った日本の外交官杉原千畝のドキュメンタリーが放送されてたの。久々に感動、Gさんと揃って落涙。彼は第二次世界大戦中に、トランジットビザ(通過ビザ)を発給してナチス・ドイツの迫害から何千人ものユダヤ人を救った人。

杉原千畝(すぎはら ちうね)さんは、1900生まれのロシア語が堪能な外交官。1937年にフィンランドのヘルシンキ日本大使館に赴任して、1939年にリトアニアの日本領事館就任。
1940年7月、ナチス占領下のポーランドからリトアニアに逃亡してきた多くのユダヤ人が通過ビザの発行を求めて日本大使館に押し寄せてくるの。(ソ連がリトアニアを占領、各国のリトアニア領事館を閉鎖、まだ業務を続けていた日本領事館にユダヤ人たちが殺到した訳。)
ユダヤ人の窮状を目の当たりにして、通過ビザを発行してあげて助けたい杉原千畝さんは、日本政府に問い合わせ。ドイツと同盟関係にあった日本政府は「No」と返事。それでも、杉原千畝さんは独断で通過ビザをパスポートを持参してないユダヤ人にさえも無制限に発給。
ソ連政府や日本本国から再三の退去命令を受けてた杉原千畝さんは、自分と家族の命の危険冒しながらも、手書きで毎日16時間ビザを1ヶ月間発行し続けたそうよ。その後、脱出が出来たユダヤ人たちは、シベリア鉄道を使って、ウラジオストク経由で神戸に辿り着くの。
杉原千畝さんはといえば、その後、ドイツに日本総領事として移動。ソ連の収容所に収監されたりする大変な経験をしながら、1947年に日本に帰国。でも帰国後、「理由は分かってますよね。」と外務省に言われ外交官職から解雇。天職を失い物凄く落胆したそうよ。
1968年にイスラエル大使館から電話があって、ニシュリ氏という、28年前、杉原千畝さんが発行したビザのお陰で生き延びたユダヤ人の一人に再会。1985年、イスラエル政府より「ヤド・バシュム賞」という感謝の賞も授けられたそうよ。本人は、取材に対して、「正しい事をしただけ。何も騒いだり、出版したりする事ではない。」と答えたそうよ。日本男児だわ。
何十万人もの失われた人命からしたら、6000人なんて大した数字じゃないかもしれないけど、人命は数字で数えるものじゃないわ。ドイツ軍やソ連軍の支配下で、日本政府の指示にも逆らって、いつ自分が「反逆者」として追求されるかもしれないっていう命の危険を犯して、目の前にいるユダヤ人の命を救うために一人立ち上がった彼の勇気に打ちのめされたわ。
戦争っていう、誰もが自分の見失う極限な環境で、決して自分を、人としての責任を放棄しなかった杉原千畝さんをワタシは日本人として心から尊敬したいと思います。
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杉原千畝(すぎはら ちうね)さんは、1900生まれのロシア語が堪能な外交官。1937年にフィンランドのヘルシンキ日本大使館に赴任して、1939年にリトアニアの日本領事館就任。
1940年7月、ナチス占領下のポーランドからリトアニアに逃亡してきた多くのユダヤ人が通過ビザの発行を求めて日本大使館に押し寄せてくるの。(ソ連がリトアニアを占領、各国のリトアニア領事館を閉鎖、まだ業務を続けていた日本領事館にユダヤ人たちが殺到した訳。)
ユダヤ人の窮状を目の当たりにして、通過ビザを発行してあげて助けたい杉原千畝さんは、日本政府に問い合わせ。ドイツと同盟関係にあった日本政府は「No」と返事。それでも、杉原千畝さんは独断で通過ビザをパスポートを持参してないユダヤ人にさえも無制限に発給。
ソ連政府や日本本国から再三の退去命令を受けてた杉原千畝さんは、自分と家族の命の危険冒しながらも、手書きで毎日16時間ビザを1ヶ月間発行し続けたそうよ。その後、脱出が出来たユダヤ人たちは、シベリア鉄道を使って、ウラジオストク経由で神戸に辿り着くの。
杉原千畝さんはといえば、その後、ドイツに日本総領事として移動。ソ連の収容所に収監されたりする大変な経験をしながら、1947年に日本に帰国。でも帰国後、「理由は分かってますよね。」と外務省に言われ外交官職から解雇。天職を失い物凄く落胆したそうよ。
1968年にイスラエル大使館から電話があって、ニシュリ氏という、28年前、杉原千畝さんが発行したビザのお陰で生き延びたユダヤ人の一人に再会。1985年、イスラエル政府より「ヤド・バシュム賞」という感謝の賞も授けられたそうよ。本人は、取材に対して、「正しい事をしただけ。何も騒いだり、出版したりする事ではない。」と答えたそうよ。日本男児だわ。
何十万人もの失われた人命からしたら、6000人なんて大した数字じゃないかもしれないけど、人命は数字で数えるものじゃないわ。ドイツ軍やソ連軍の支配下で、日本政府の指示にも逆らって、いつ自分が「反逆者」として追求されるかもしれないっていう命の危険を犯して、目の前にいるユダヤ人の命を救うために一人立ち上がった彼の勇気に打ちのめされたわ。
戦争っていう、誰もが自分の見失う極限な環境で、決して自分を、人としての責任を放棄しなかった杉原千畝さんをワタシは日本人として心から尊敬したいと思います。
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